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タイトル 「80番問題」、私の見解…
投稿日: 2006/09/12(Tue) 15:39
投稿者Skunjp

みなさん、こんにちは。

ちょっと旅行で留守をしていました。久しぶりにのぞいてみると大盛況ですね。飛び入り者さん、お久しぶりです。


さて、私にとって80番の重要な演奏が4種あります。

それは、1.リヒター盤、2.Eマウエルスベルガー盤、3.ヘレヴェッヘ盤、4.鈴木盤です。

この4つの演奏では、ご承知の通り、1と3がフリーデマン版、2と4が原典版です。


まず、1.リヒター盤から言いますと、私が最初に耳にinputしたのはこの演奏です。大学生の時からトランペット、ティンパニの活躍する勇壮な演奏をずっと聴いてきて大好きになりました。ただし、これがフリーデマン版だと知ったのは、かなり後のことです。

今考えれば、このように曲の本質を左右する編曲版を大方の演奏が採用していること、また、ブックレットにその点(版)の記述がない(あるいはその扱いが小さい)というのは、かなり特殊な状況であったと思います(現在も知らない人は大勢いると思います)。しかし、リヒターの解釈はさすがと言いましょうか、フリーデマン版をとても生かしており、手に汗握るような効果があって、私の大好きな演奏です。

ところが今回、久しぶりにリヒター盤で第一曲を聴いて、ちょっとした違和感を感じました。それは、コラールとトランペットが重なる所は勇壮で良いのですが、途中で合いの手のように「ジャンジャン!」と鳴る部分は、周囲の音楽とやや遊離してはいないか、ということです。さらにはトランペットの声部だけを取り出すと、音楽の前後関係に若干の脈略の薄さを感じました。


しかし、これが3.ヘレヴェッヘ盤になると、不自然さはほとんど気になりません。彼の分析的なフレージングにより各声部のバランスが完璧で、その各声部が初期ヘレヴェッヘ特有のはつらつとした「乗りの良さ」故に活き活きと競い合い、しかもそれらが強力な構成感のもとに一つに統合されているのです。ですから、トランペットもティンパニも、一つの大きな音楽の構成の中に溶け合っていているので、違和感がありません。


これは非常に興味深いことだと思いました。
なぜなら、ここにフリーデマン版80番の特性が象徴的に現れていると思うからです。

私なりには、まず80番の「トランペット(+ティンパニ)付きヴァージョン」というものを考える時、「トランペットが入っているから良い」、あるいは「悪い」と言う前に、これはバッハの真作ではなく、あくまでも息子の編曲版だというを念頭にしなければならない、ということです。バッハだったらもっと巧くやった、不自然なところの全くない、さらに勇壮な音楽になったことはほぼ間違いありません。

そうして、もうひとつは演奏様式です。モダン様式で華々しく演奏すると、トランペットの音量が大きいので、フリーデマン版のちょっとした齟齬も拡大され、それが古楽様式で演奏されると、それらがほとんど気にならないくらいまで縮小される、ということではないでしょうか?トランペットの音量の問題はブランデンブルク協奏曲第2番に顕著だと思います。

ですから、古楽様式であるコープマンもその辺はうまく解決していることでしょう。(私も欲しくなってきた (^_^;)


さて残りの、2.Eマウエルスベルガー盤ですが、juncoopさんや旅の者さんのおっしゃる通り、原典版のオーボエだけで充分壮麗で魅力的な音楽になっています。私は20年ほど前に友人からカセットでこの演奏をもらって非常な感銘を受け、その後CDを手に入れて愛聴しています。


そして、4.鈴木盤です。この演奏はもっと革命的な演奏です。つまり、あえて勇壮でない80番をやっているんです。この第1曲では4声部合唱の掛け合いの美しさを最大限に追求しています。「トランペットの付かない原典版なんだから、ここにトランペット付きの勇壮なイメージを求めるのがそもそもの間違い」と鈴木さんが言っているような気がします。そして第2曲からだんだん勇壮な通常のイメージになってきます。…目からウロコの解釈でした。


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