カンタータ掲示板(テーマ別)

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タイトル Re: 80番のトランペットとティンパニ
投稿日: 2006/09/10(Sun) 19:36
投稿者旅の者

> BCJのCDにあるクラウス・ホーフマン氏の解説は、かいつまんでいうと、ライプツィヒを支配していたザクセン選帝侯アウグストの政治的な立場から、宗教改革記念日には、音楽にもある種の抑制が働いていた。だから大バッハにとって壮麗な編曲は考えもよらなかったはず。一方、ハレでは、ザクセンの支配下にはなかったので、息子はティンパニとトランペットで華やかに祝すことができた、という内容です。

 さっそくありがとうございます。
 このことは、初めて知りました。

> 親父バッハは立場上「やらなかった・やれなかった」かもしれないけど、「内心、やってみたいと思っていたかもしれなかった」ということがあるのでは、思いたくなってしまいました。

 この点について、
 わたしは、(ほとんど確信に近い「妄想」ですが)飛び入り者さんと同じ意見です。

 バッハは、単なる4声のコラールだった冒頭合唱を、
(この旧稿こそ、政治的抑制に従った結果なのかもしれません。就任当時は、バッハも、優等生だった?)
晩年になって、わざわざ、自分の作曲技法のすべてをつぎ込んだような、「壮麗」極まりない大合唱曲に入れ替えているのです。
 バッハはまちがいなく、「壮麗」な曲が書きたかったのだと思います。

 そして、飛び入り者さんから教えていただいた情報によって、このわたしの妄想は、さらに、確信に近いものになりました。

 晩年の、「自由人」バッハは、政治的抑制に従わず、自身の心のままに、冒頭合唱を思いっきり「壮麗」なものにしてしまった。
 でも一応建前として、楽器はオーボエにしてみた。
 そして、みなさんご存知のように、この曲は、オーボエでも十分に、圧倒的なほどに「壮麗」です。

 「少しハデかもしれないけど、トランペットは使ってないぜ。
 どうだ。これで文句無いんだろ」
 そんなバッハの独り言が聞こえてきそうです。(ガラ悪!)

 完全に妄想モードに突入してますが、さらに妄想を突き進めると、
 フリーデマンが、ハレでトランペット付編曲を演奏したのも、
 父親が「やりたくてもやれなかった」ことを実現するため、というう意味あいが多少はあったのでは。
 父親が心からあこがれていたラテン語作品のようですし。

 最後は安っぽい映画みたいになってしまいましたが、すべてわたしの妄想、空想、ということで、お許しください。

 *   *   *

 後から気が付いたことがあるので、付け加えておきます。
 もう1曲の宗教改革記念日用のカンタータ、BWV79も、編成が2本のホルン+ティンパニで、かなりハデです。
 小ミサト長調の美しいグロリアに、ド迫力の太鼓連打をプラスしたような、あの曲です。
(もっとも、こちらが原曲ですが)

 これは、1725年、市当局とゴチャゴチャし始めた頃のものなので、バッハは早くも上の言うことを聞かなくなっていたのかもしれません。
 あるいは、ここでも、トランペットは使ってないよ、と開き直ったのか。

 もう1曲の、BWV129。
(わたしの好きなコラールに基づく補作コラールカンタータです)
 これはもう、3本のトランペット+ティンパニの、三位一体節にも演奏された、まごうことなき祝祭カンタータです。
 でもこれについては、宗教改革記念日用と推定されているだけなので、とりあえず置いておきましょう。

 いずれにしても、バッハは、学者や研究者の推測ではとうてい推し量れない存在だったような気がします。
 だからこれからも、大いに妄想、空想を楽しんでいきましょう。
(これも、わたしの妄想?)


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