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タイトル 80番のトランペットとティンパニ
投稿日: 2006/09/09(Sat) 23:03
投稿者飛び入り者


>  わたしはBCJの解説というのを見ていないので、どのような主旨かはわかりませんが、もちろん、フリ−デマのようにはやらなかったかもしれませんけれど、トランペットとティンパニによる補強自体は、当然考えられることだと思います。

BCJのCDにあるクラウス・ホーフマン氏の解説は、かいつまんでいうと、ライプツィヒを支配していたザクセン選帝侯アウグストの政治的な立場から、宗教改革記念日には、音楽にもある種の抑制が働いていた。だから大バッハにとって壮麗な編曲は考えもよらなかったはず。一方、ハレでは、ザクセンの支配下にはなかったので、息子はティンパニとトランペットで華やかに祝すことができた、という内容です。

しかし、旅の者さんの文を拝読して、親父バッハは立場上「やらなかった・やれなかった」かもしれないけど、「内心、やってみたいと思っていたかもしれなかった」ということがあるのでは、思いたくなってしまいました。

かつてのような、大バッハを神聖視する風潮はもう薄れているとは思うのですが、原典志向が進む余り、こうしたヴィルヘルムの編曲のようなケースをとらえて、「大バッハだったら、こんなことをするわけがないよ」と、最初から決めてかかる傾向はまだあるように思います。

私は以前こちらで、バッハに見られる柔軟性を元に、「バッハがすべての作品をOVPPで演奏したとか、そうでなかったとか二元論で決めつける必要はないはず。作品によって、効果を考えてパート複数にしたりOVPPにしたり、あるいは本当はパートを複数で演奏したいのに人がそろわず、やむをえずOVPPにしたり、ということがあったのが実情ではないか」と勝手な推測を書いたと思います。

BWV80についても、バッハの柔軟性をもとに、前述のような空想を持ちたくなります。学者から見たら笑われる、バッハファンの勝手な妄想かもしれませんけど。


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