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タイトル99番と100番( H vs.L)
記事No466
投稿日: 2006/09/25(Mon) 14:29
投稿者Skunjp
昨日は99番を聴きました。

とても楽しい出だしで気持ちがウキウキする音楽です。オーボエダモーレとフルートが大活躍して、そこに名旋律のコラール「神なしたもう御業こそいと善けれ」が対位法的に様々に変形されて合唱で鳴り響きます。

いつも思うのですが、このコラールを聴いているととても安定した平安な気持ちになります。神様にすべてを委ねて平安立命の境地に立つための音楽ですね。ちなみにこの曲は指揮者の鈴木さんが最も好きなコラールだそうです。

第3曲の技巧的なフルートとテノールのアリアがしっとりと美しいです。前田りり子さんのフルートが秀逸!

しかし何と言っても素晴らしいのは第5曲のソプラノとアルトのデュエットで、フルートとオーボエダモーレそれにソプラノとアルトが対位法的に4つどもえで絡み合う様は悩殺的なほど美しいです。

最後に鳴り響く安心立命のコラールで気分良く聴き終えることができました。

 試聴はこちら⇒ https://secure.naxos.jp/  15分間試聴で入り、Bisのバッハカンタータ全集25巻を選びます。


さて、この99番は先日図書館で借りてきたCDの中にも入っていました。99番から102番まで入っています。99番はアーノンクールということで一瞬引きましたが、試しにかけてみるとこれがとっても良いんです。

普通は賑やかな感じで始まりる第一曲ですが、アーノンクールは春風が吹くように、ゆったりとたおやかに演奏しているんです。それが大変に新鮮で思わずCD−Rの録音ボタンを押してしまいました。

アーノンクールはコンセプト派の指揮者で、解釈が曲にはまった時は良いですが、少しずれるととんでもない演奏を聴かせます。たとえば、新盤のメサイアのハレルヤがそうで、これもいつもと違って春風が吹くような優しいタッチの出だしで「オッ!」と思わせるのですが、途中からあれよあれよという間にアップテンポし、最後は普通に賑やかに終わるのです。途中でアッチェルランドとクレッシェンドがあるような版があるのでしょうか?…どうみても「思いつき」としか思えません。せっかく全体には素晴らしい音響バランスと細部に豊かな音楽性を見せるのに、時々変な解釈が混じるのはもったいないと思います。

まあ、しかしこの99番は最後まで一貫して春風が続き、安心して聞き終えました。エクヴィルツなどソリストも素晴らしいです。


さて、このCDには、その後に100番が入っています。演奏はレオンハルトです。そして第一曲は99番のパロディで、ほとんど同じ音楽ですがホルンとティンパニが加わるので、かなり違った音楽に聞こえます。

レオンハルトの方はアーノンクールと違ってリズムが画然としており、音楽がカッチリと整っているので、これもなかなか魅力的です。

アーノンクールとは奏者のレベルも違い、レオンハルトのオケの方が名手が多いですね。特にフルートが全然違います。アーノンクールのシュタストニーは、専門的に言えば、アパチュア(唇の穴の大きさ)が大きすぎてタンギングがツボに当たらず音がスカスカです。それを呼気の量を増やすことでカバーしていますので、音楽に繊細さが欠けることになります。

この点、レオンハルトコンソートは、ブリュッヘンかカンジでしょうが、古楽派の創生期としては洗練された名人芸を聴かせています。

いろいろけなして済みません。でも、アーノンクールの99番がとても良かったので、これからは意識してこの人も聴いていきたいと思いました。(旅の者さんのご忠告に従い、今後アーノンクールを省かずに録音するつもりです)

タイトルRe: 99番
記事No470
投稿日: 2006/09/25(Mon) 18:52
投稿者端川哲堂
> 昨日は99番を聴きました。
>
> とても楽しい出だしで気持ちがウキウキする音楽です。オーボエダモーレとフルートが大活躍して、そこに名旋律のコラール「神なしたもう御業こそいと善けれ」が対位法的に様々に変形されて合唱で鳴り響きます。
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> 第3曲の技巧的なフルートとテノールのアリアがしっとりと美しいです。
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> しかし何と言っても素晴らしいのは第5曲のソプラノとアルトのデュエットで、フルートとオーボエダモーレそれにソプラノとアルトが対位法的に4つどもえで絡み合う様は悩殺的なほど美しいです。
>
> 最後に鳴り響く安心立命のコラールで気分良く聴き終えることができました。
>

わたしもBWV99を聴きました。こちらはリフキン盤です。
Skunjpさんが上に述べておられる、まったくそのとおりですね。

終曲のコラールは、リフキン盤では合唱というよりもソリスト4人の重唱ですが、これがまた、なんともいえないほどきれいなのです。

タイトルR.シュトラウスの協奏曲
記事No478
投稿日: 2006/09/27(Wed) 09:58
投稿者旅の者
> 昨日は99番を聴きました。
> とても楽しい出だしで気持ちがウキウキする音楽です。オーボエダモーレとフルートが大活躍して、そこに名旋律のコラール「神なしたもう御業こそいと善けれ」が対位法的に様々に変形されて合唱で鳴り響きます。
> いつも思うのですが、このコラールを聴いているととても安定した平安な気持ちになります。神様にすべてを委ねて平安立命の境地に立つための音楽ですね。

> 再度82番ですが、ホッターらの演奏になる3曲目のアリアを聴いたときは、何故か、リヒャルトシュトラウスの「4つの最後の歌」の「夕映えの中で」(セル/シュワルツコップ)が脳裏を過ぎりました。不思議な体験でした。

 一般掲示板の、BWV82に関するオーボエ協奏曲さんの投稿ですが、とてもすばらしい感想だと思いました。
 BWV82と双璧をなすBWV159のバスアリアを聴いているときなど、わたしも言いようのない不思議な感覚にとらわれることがあります。
 思えば、オーボエ協奏曲さんと同じような感覚なのかもしれません。
(もっとも、これは、わたしの場合、シュトラウスに限らず、特定の作曲家の特定の作品に感じるものですが。
 ・・・・なんて、ホントはそんなに、知らないのですけど。)

 晩年のシュトラウスと言えば、なんと言っても、「オーボエ協奏曲」やデュエット・コンチェルトですが、
 そう言えば、これらの作品も、Skunjpさんや端川さんが話題にされている、このBWV99の、無垢な魂の戯れ、みたいな感じと、どこか相通じるところがあるような気がします。
(もちろん、シュトラウス本人は、モーツァルトの方を意識してたのでしょうけれど)

 シュトラウスが、80年を超える年月と、厳しい戦争体験を乗り越えてようやく創出し得た世界を、バッハは、まるであたりまえのように、きわめて日常的に量産していた、ということでしょうか。

 でも、これについては、ついにバッハの域にまで到達したシュトラウスの方がすごい、と言った方がよいのかもしれません。

タイトルRe: R.シュトラウスの協奏曲
記事No481
投稿日: 2006/09/28(Thu) 11:22
投稿者Skunjp
>  晩年のシュトラウスと言えば、なんと言っても、「オーボエ協奏曲」やデュエット・コンチェルトですが、
> (もちろん、シュトラウス本人は、モーツァルトの方を意識してたのでしょうけれど)
>  シュトラウスが、80年を超える年月と、厳しい戦争体験を乗り越えてようやく創出し得た世界を、バッハは、まるであたりまえのように、きわめて日常的に量産していた、ということでしょうか。


数日前にR・シュトラウスの「最後の4つの歌」を聴きました。

この曲は私の昔からのお気に入りです。

第一曲が鳴り出すといつも、郷愁とあこがれに胸が締め付けられるようになります。

郷愁と言っても、具体的な私のふるさとではなくて、いつもは忘れているような古く甘酸っぱい心の空間といいましょうか、そこがうずくのです。

それに歌詞も私の大好きなヘルマン・ヘッセなのでもう言うことはありません。大好きな歌詞が、大好きな旋律で流れるのですから…

「9月」の中で、「夏が疲れた大きな目を閉じる」といったくだりがありますが、あの辺が良いですねー。それから夕映え…

演奏はシュヴァルツコップではなく、ジェシー・ノーマンで聴きました。シュヴァルツコップだと、細かい心理のひだが描き分けられていて、それはそれは見事ですが、ノーマンはもっと直截に声の威力で聴かせます。

あの強靱で深く大きなソプラノの声は、天啓のようなひとつの世界を私の部屋に出現させるのです。

あ、それから、「最後の4つの歌」以外の編曲物も素晴らしいですね。


晩年のR・シュトラウスはモーツァルトに回帰しましたが、バッハとの関係はどうだったんでしょうね?(対位法の書法は見事ですが…)

タイトルRe^2: R.シュトラウスの協奏曲
記事No482
投稿日: 2006/09/28(Thu) 12:10
投稿者旅の者
> 晩年のR・シュトラウスはモーツァルトに回帰しましたが、バッハとの関係はどうだったんでしょうね?(対位法の書法は見事ですが…)

 「カプリッチオ」など、対位法的にも目が詰んでいて、見事ですが、ふつう、シュトラウスとバッハは、なかなか結びつきませんね。
 それだけに、オーボエ協奏曲さんの感想は、新鮮でした。

 「4つの最後の歌」、書きたいことがたくさんあってうずうずしますが、さすがにちょっとちがうような気がするので、今回はじっとガマン。(笑)