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タイトルコープマン全集完結とBWV80(前)
記事No413
投稿日: 2006/09/08(Fri) 18:05
投稿者飛び入り者
久しぶりの書き込みになります。

旅の者さんも書かれているように、コープマンの全集が完結しましたね。いつかは全集一括の形での発売があるのかもしれませんが、各巻が出るたびに買い進めてきた私は、さっそく店頭に並んでいた最後の2巻を購入しました。

2巻のうち、まず聞いたのは、知名度の高いBWV80。やはり、何度聞いてもいい曲です。しかも、ヴィルヘルムによる編曲がおまけとしてついていたのがうれしかったです。

80番に付加されたトランペットとティンパニ、葛の葉さんがサイトの解説で書かれているように、まさに「曲の構造を見えにくくし」「邪魔」だとは思うのですが、私は(最初にリヒターの演奏ででこの作品に触れたせいかと思いますが)実はこれが大好きなのです。

大バッハも、作品によっては再演時に金管を強化していたりするので、ありえたかもしれず、一種の異稿のように考えればいいので、そんなに継子扱いすることもないのでは、と一時は思ったこともあるのですが、BCJの80番のCDにあった解説を読むと、ライプツィヒとヴィルヘルムがいたハレとの状況の違いから、親父もこんな編曲はしなかっただろうということがわかり、ちょっと寂しく思っていました。

そうしたところ、今回、ヴィルヘルムの編曲を、しかも旧全集のように80番に当てはめるのではなく、ちゃんと本来のラテン語の詞の曲という筋の通った形で録音してくれていたので、「コープマンさんありがとう!」といいたくなりました。

長くなったので2つのわけることにします。

タイトルコープマン全集完結とBWV80(後)
記事No414
投稿日: 2006/09/08(Fri) 18:06
投稿者飛び入り者

さて、全集完結ということでちょっとふりえってみますと、カンタータを聴き始めた最初の頃は、BCJの録音を買っていて、当時の興味の度合いでは、その発売ペースにあわせて、のんびりと末永く楽しんでいこうと思っていました。

ところがそのうちにカンタータにはまってしまい、BCJのペースというわけにはいかず、テルデックの全集を購入。コープマンは当初注目していなかったのですが、、世俗の録音後に教会カンタータでも私の好きなリュートを入れるようになったので、購入を始めました。以前もこんなことをこちらで書いた記憶があります。

全集最後の22巻ですが、見ると収録作品の半分が、カンタータから転用が多い短ミサ曲です。これだったら、最近出た巻のCDの枚数を従来より増やしていれば、カンタータのみで全21巻で収まったようにも思います。

またコープマンは、作品によっては異稿を録音しているのが大きなポイントですが、全巻を通して、どれもCDの最後に(複数の作品の異稿があったとしても)まとめて置かれているのがちょっと気にいりません。それぞれの作品ごとに、異稿のトラックをぶらさげてくれた方がよかったと思います。プレイヤーの編集機能を使えばいいのでしょうが、面倒くさいことこの上ないので・・・。

でもまあ、こうした点、あまり目くじらを立てないことにしましょう。なにせ最初始まった時のエラートレーベルが途中でリリースを中止した時には、どうなることかと思ったのですから。

しかし、若い頃にヴァーグナーを聞くようになったときは、「何て金のかかる作曲家だ」と思ったのですが、その後はまったわれらがバッハは、それ以上の金食い虫でした。BCJの全曲収集は止めましたが、それでも特に好きな曲がカップリングされている巻は欲しくなりますし、それは他のアーティストも同じです。また最近は変化球として楽しめるOVPPの録音も増えてきました(リフキンやパロットにいわせれば直球でしょうけど)。

しかも、楽劇をひととおり揃えたらとりあえずは打ち止めと相成ったヴァーグナーと違って、バッハはカンタータだけではありません。つくづく始末の悪い、手に負えない作曲家を好きになってしまったものだと思います(笑)。

タイトルRe: コープマン全集完結とBWV30
記事No416
投稿日: 2006/09/09(Sat) 00:21
投稿者端川哲堂



>
> なにせ最初始まった時のエラートレーベルが途中でリリースを中止した時には、どうなることかと思ったのですから。
>

わたしも22巻を買いました。コープマンのカンタータCDはこれまで買ったことがなかったので、初めてが最終巻ということになりました。

そういえば、当初はエラートから出ていました。現在は「チャレンジクラシックス」 というレーベルですね。メード・イン・オーストリアと書いてありますので、オーストリアのレーベルでしょうか。原産国表示とレーベルの国籍はまったく関係ないこともありますが。

とりあえず、BWV30と30aを聴きました。
30aは少し平板な感じにきこえました。プレガルディエンやメルテンスの歌唱はいいのですが、アリアのテンポがどれも同じようです。

パロディの30のほうがめりはりがあって、いいと思いました。間にコラールが入ってひきしまった感じになります。

ソリストはテノールのみ30aと異なります。
ソプラノ:サンドリーネ・ピアウ
アルト:ボーニャ・ボルトス
  (どこの国の方でしょうか、いずれも読みがむずかしい名前)
テノール:ジェームス・ギルクリスト(ジルクライスト?)
バス:クラウス・メルテンス

コーラスはわたしがイメージしていたとおりで、生きがよくすばらしいです。

タイトルBWV69と80〜3本のトランペットとティンパニ
記事No419
投稿日: 2006/09/09(Sat) 16:45
投稿者旅の者
> 80番に付加されたトランペットとティンパニ、葛の葉さんがサイトの解説で書かれているように、まさに「曲の構造を見えにくくし」「邪魔」だとは思うのですが、私は(最初にリヒターの演奏ででこの作品に触れたせいかと思いますが)実はこれが大好きなのです。
>
> 大バッハも、作品によっては再演時に金管を強化していたりするので、ありえたかもしれず、一種の異稿のように考えればいいので、そんなに継子扱いすることもないのでは、と一時は思ったこともあるのですが、BCJの80番のCDにあった解説を読むと、ライプツィヒとヴィルヘルムがいたハレとの状況の違いから、親父もこんな編曲はしなかっただろうということがわかり、ちょっと寂しく思っていました。
>
> そうしたところ、今回、ヴィルヘルムの編曲を、しかも旧全集のように80番に当てはめるのではなく、ちゃんと本来のラテン語の詞の曲という筋の通った形で録音してくれていたので、「コープマンさんありがとう!」といいたくなりました。

 バッハは亡くなる直前の1748年に、
 この前の日曜日のカンタータ、BWV69aを、参事会がらみのBWV69に直して上演しています。
 もちろん、このときに付け加えられた音楽は、わたしたちが現在聴くことのできる、バッハの最後の音楽の一つ、と言ってよいと思います。
 
 具体的には、第2曲、第4曲のレチタティーボと、終結コラール、の計3曲です。(他にもアリアの楽器変更等もあり)

 表の掲示板では、話の流れから、「バッハのサラリーマン魂」、と軽く触れるだけにしましたが、実はこれは、決してそんなに生易しい音楽ではありません。
 ヨレヨレの筆跡で記載されているというその音楽は、それだけで、この西洋音楽を代表する天才の白鳥の歌というべきものです。

 弦楽伴奏付きの第4曲レチタティーボも、もはやこの世のものとも思えぬほど美しいアリオーソがすばらしいですが、
 なんといっても、涙なしに聴けないのが、終結コラール!

 バッハは、もとのコラールを、愛する「ルター」のものに差し替え、さらに「3本のトランペットとティンパニ」を含む、7声部の編曲を施しました。
 
 バッハの最も力強く美しい終結コラールの一つです。


  父と子が、私たちを祝福してくださいます。
  聖霊なる神が、私たちを祝福してくださいます。

   (ルター作、「願わくば、神我らを恵みて」 第3節より)


 一方、BWV80冒頭合唱の、正確な成立年代については、わたしにはよくわかりませんが、これについても、最も後期の作であることだけはまちがいありません。

 BWV69の印象があまりにも強烈なため、
 BWV69と同じ最晩年の「ルター」がらみのカンタータ、BWV80の、「3本のトランペットとティンパニ」は、
飛び入り者さんと同様に、わたしにとっても、無くてはならないもの、になってしまっています。

 わたしはBCJの解説というのを見ていないので、どのような主旨かはわかりませんが、もちろん、フリ−デマのようにはやらなかったかもしれませんけれど、トランペットとティンパニによる補強自体は、当然考えられることだと思います。

 確かに、バッハ晩年のすさまじい対位法が、かき消されてしまう場合もありますが、
 ヘレヴェッヘなどの「ネーデルランド」な演奏で聴くと、オーボエだけでは、大迫力の合唱の中にどうしても埋もれてしまいがちなコラール部分が補強され、かえって対位法が際立つようにも思えます。
(まるでトロンボーン等で声部補強されたフランドルのミサのようです!)
 ヘレヴェッヘ盤については、なんでまた、トランペット版で、と思っていましたが、これは純粋に声部補強のためなんでしょう。

 フリーデマンがどうして、「3本のトランペットとティンパニ」を加えた編曲を行なったのか、もちろんわたしには想像することしかできませんが、
 後の研究者がむりやりBWV80にはめこんだものでなく、編曲したままを聴けるというのは、(ほんとの意味での親子共作)
飛び入り者さんがおっしゃるように、なんとすばらしいことでしょう!

 端川さんにご報告いただいたBWV30aも気になります。

 コープマンの最終巻、このままでは、購入も秒読みのような気がします。

タイトル80番のトランペットとティンパニ
記事No421
投稿日: 2006/09/09(Sat) 23:03
投稿者飛び入り者

>  わたしはBCJの解説というのを見ていないので、どのような主旨かはわかりませんが、もちろん、フリ−デマのようにはやらなかったかもしれませんけれど、トランペットとティンパニによる補強自体は、当然考えられることだと思います。

BCJのCDにあるクラウス・ホーフマン氏の解説は、かいつまんでいうと、ライプツィヒを支配していたザクセン選帝侯アウグストの政治的な立場から、宗教改革記念日には、音楽にもある種の抑制が働いていた。だから大バッハにとって壮麗な編曲は考えもよらなかったはず。一方、ハレでは、ザクセンの支配下にはなかったので、息子はティンパニとトランペットで華やかに祝すことができた、という内容です。

しかし、旅の者さんの文を拝読して、親父バッハは立場上「やらなかった・やれなかった」かもしれないけど、「内心、やってみたいと思っていたかもしれなかった」ということがあるのでは、思いたくなってしまいました。

かつてのような、大バッハを神聖視する風潮はもう薄れているとは思うのですが、原典志向が進む余り、こうしたヴィルヘルムの編曲のようなケースをとらえて、「大バッハだったら、こんなことをするわけがないよ」と、最初から決めてかかる傾向はまだあるように思います。

私は以前こちらで、バッハに見られる柔軟性を元に、「バッハがすべての作品をOVPPで演奏したとか、そうでなかったとか二元論で決めつける必要はないはず。作品によって、効果を考えてパート複数にしたりOVPPにしたり、あるいは本当はパートを複数で演奏したいのに人がそろわず、やむをえずOVPPにしたり、ということがあったのが実情ではないか」と勝手な推測を書いたと思います。

BWV80についても、バッハの柔軟性をもとに、前述のような空想を持ちたくなります。学者から見たら笑われる、バッハファンの勝手な妄想かもしれませんけど。

タイトルRe: 80番のトランペットとティンパニ
記事No422
投稿日: 2006/09/10(Sun) 19:36
投稿者旅の者
> BCJのCDにあるクラウス・ホーフマン氏の解説は、かいつまんでいうと、ライプツィヒを支配していたザクセン選帝侯アウグストの政治的な立場から、宗教改革記念日には、音楽にもある種の抑制が働いていた。だから大バッハにとって壮麗な編曲は考えもよらなかったはず。一方、ハレでは、ザクセンの支配下にはなかったので、息子はティンパニとトランペットで華やかに祝すことができた、という内容です。

 さっそくありがとうございます。
 このことは、初めて知りました。

> 親父バッハは立場上「やらなかった・やれなかった」かもしれないけど、「内心、やってみたいと思っていたかもしれなかった」ということがあるのでは、思いたくなってしまいました。

 この点について、
 わたしは、(ほとんど確信に近い「妄想」ですが)飛び入り者さんと同じ意見です。

 バッハは、単なる4声のコラールだった冒頭合唱を、
(この旧稿こそ、政治的抑制に従った結果なのかもしれません。就任当時は、バッハも、優等生だった?)
晩年になって、わざわざ、自分の作曲技法のすべてをつぎ込んだような、「壮麗」極まりない大合唱曲に入れ替えているのです。
 バッハはまちがいなく、「壮麗」な曲が書きたかったのだと思います。

 そして、飛び入り者さんから教えていただいた情報によって、このわたしの妄想は、さらに、確信に近いものになりました。

 晩年の、「自由人」バッハは、政治的抑制に従わず、自身の心のままに、冒頭合唱を思いっきり「壮麗」なものにしてしまった。
 でも一応建前として、楽器はオーボエにしてみた。
 そして、みなさんご存知のように、この曲は、オーボエでも十分に、圧倒的なほどに「壮麗」です。

 「少しハデかもしれないけど、トランペットは使ってないぜ。
 どうだ。これで文句無いんだろ」
 そんなバッハの独り言が聞こえてきそうです。(ガラ悪!)

 完全に妄想モードに突入してますが、さらに妄想を突き進めると、
 フリーデマンが、ハレでトランペット付編曲を演奏したのも、
 父親が「やりたくてもやれなかった」ことを実現するため、というう意味あいが多少はあったのでは。
 父親が心からあこがれていたラテン語作品のようですし。

 最後は安っぽい映画みたいになってしまいましたが、すべてわたしの妄想、空想、ということで、お許しください。

 *   *   *

 後から気が付いたことがあるので、付け加えておきます。
 もう1曲の宗教改革記念日用のカンタータ、BWV79も、編成が2本のホルン+ティンパニで、かなりハデです。
 小ミサト長調の美しいグロリアに、ド迫力の太鼓連打をプラスしたような、あの曲です。
(もっとも、こちらが原曲ですが)

 これは、1725年、市当局とゴチャゴチャし始めた頃のものなので、バッハは早くも上の言うことを聞かなくなっていたのかもしれません。
 あるいは、ここでも、トランペットは使ってないよ、と開き直ったのか。

 もう1曲の、BWV129。
(わたしの好きなコラールに基づく補作コラールカンタータです)
 これはもう、3本のトランペット+ティンパニの、三位一体節にも演奏された、まごうことなき祝祭カンタータです。
 でもこれについては、宗教改革記念日用と推定されているだけなので、とりあえず置いておきましょう。

 いずれにしても、バッハは、学者や研究者の推測ではとうてい推し量れない存在だったような気がします。
 だからこれからも、大いに妄想、空想を楽しんでいきましょう。
(これも、わたしの妄想?)

タイトルRe^2: 80番のトランペットとティンパニ
記事No423
投稿日: 2006/09/10(Sun) 20:58
投稿者端川哲堂

>  フリーデマンが、ハレでトランペット付編曲を演奏したのも、
>  父親が「やりたくてもやれなかった」ことを実現するため、というう意味あいが多少はあったのでは。
>  父親が心からあこがれていたラテン語作品のようですし。
>


以前、もう10年以上も前になりますか、BWV51にヴィルヘルム・フリーデマンがティンパニのパートを付け加えたヴァージョンの演奏を、FM放送で聴いたことがあります。

そのときの印象は、ちょっと趣味が悪いな、という感じでした。また、「親のこころ子知らず」という成句も思い浮かびました。
いわゆる「シュトルム・ウント・ドランク」の時代の趣味に飲み込まれてしまったのかな、と考えていました。

コープマンの22巻は購入しましたが、時間がなくてまだフリーデマン編曲の付録まで聴いていません。
どんなふうにきこえるか、楽しみになってきました。

タイトルRe^3: 80番のトランペットとティンパニ
記事No424
投稿日: 2006/09/10(Sun) 22:07
投稿者旅の者
> 以前、もう10年以上も前になりますか、BWV51にヴィルヘルム・フリーデマンがティンパニのパートを付け加えたヴァージョンの演奏を、FM放送で聴いたことがあります。

 これは聴いたことありません。
 あの曲の、どこにどうティンパニをつけたのか・・・・。(笑)

 何かというとすぐティンパニをつけたがる困った息子のようですが、けっこう父親のカンタータを演奏してるんですね。

> いわゆる「シュトルム・ウント・ドランク」の時代の趣味に飲み込まれてしまったのかな、と考えていました。

 実際はそんなところだと思います。
 時代の風潮がそのような音を求めていた、というか。
 でも、そんな時に、父親のいろいろな思い出が、少しはよみがえったのではないかな、という程度の空想でした。

 ・・・・
 ところで、このBWV80の編曲版というのは、バッハが死んでからのものですよね。すっかりそのつもりで書いていますが。
 すみません。そんなことさえも知らないのです。

タイトルRe^5: 80番のトランペットとティンパニ
記事No426
投稿日: 2006/09/11(Mon) 20:35
投稿者旅の者
 こんにちは。よろしくお願いいたします。

 マウエルスベルガーの廉価盤を購入してあったので、さっそく聴かせていただきましたが、たいへん感銘を受けました。

 まとめていただいた「原典版」と「フリーデマン版」の区分けを見て、時代的にマウエルスベルガーだけが原典版なので、興味深々だったのですが、聴いてみて、納得。
 もはやトランペットなどまったく入る余地の無い、見事な演奏です。

 冒頭合唱で、各行毎に、緻密な合唱フーガに導かれて登場する器楽のコラール旋律は、すべての声部を超越して、あたかも空高く流れるかのように奏されるべきだと思っています。

 「原典版」ですと、どうしても一つの声部として埋もれてしまう場合が多いのですが、マウエルスベルガーは、各声部を驚くほどていねいに歌わせることによって、ほぼわたしの理想に近い演奏を繰り広げています。

 おもしろいもので、結局、現時点では、
 「フリーデマン版」全盛時にあえて「原典版」を選択したマウエルスベルガー盤、
 「原典版」があたりまえという風潮の中で、なぜか「フリーデマン版」を選択しているヘレヴェッヘ盤、
 この2点に、もっとも惹かれます。

 もちろん、コープマン盤はまだ持っていません。
 他に気になるのは、ガーディナー盤でしょうか。(これも持っていません)
 ガーディナーは、表現命、の指揮者なので、はたしてどのような選択をしているのやら。
 まさかBWV127のように、歌わせてはいないでしょうね。

タイトル「80番問題」、私の見解…
記事No427
投稿日: 2006/09/12(Tue) 15:39
投稿者Skunjp
みなさん、こんにちは。

ちょっと旅行で留守をしていました。久しぶりにのぞいてみると大盛況ですね。飛び入り者さん、お久しぶりです。


さて、私にとって80番の重要な演奏が4種あります。

それは、1.リヒター盤、2.Eマウエルスベルガー盤、3.ヘレヴェッヘ盤、4.鈴木盤です。

この4つの演奏では、ご承知の通り、1と3がフリーデマン版、2と4が原典版です。


まず、1.リヒター盤から言いますと、私が最初に耳にinputしたのはこの演奏です。大学生の時からトランペット、ティンパニの活躍する勇壮な演奏をずっと聴いてきて大好きになりました。ただし、これがフリーデマン版だと知ったのは、かなり後のことです。

今考えれば、このように曲の本質を左右する編曲版を大方の演奏が採用していること、また、ブックレットにその点(版)の記述がない(あるいはその扱いが小さい)というのは、かなり特殊な状況であったと思います(現在も知らない人は大勢いると思います)。しかし、リヒターの解釈はさすがと言いましょうか、フリーデマン版をとても生かしており、手に汗握るような効果があって、私の大好きな演奏です。

ところが今回、久しぶりにリヒター盤で第一曲を聴いて、ちょっとした違和感を感じました。それは、コラールとトランペットが重なる所は勇壮で良いのですが、途中で合いの手のように「ジャンジャン!」と鳴る部分は、周囲の音楽とやや遊離してはいないか、ということです。さらにはトランペットの声部だけを取り出すと、音楽の前後関係に若干の脈略の薄さを感じました。


しかし、これが3.ヘレヴェッヘ盤になると、不自然さはほとんど気になりません。彼の分析的なフレージングにより各声部のバランスが完璧で、その各声部が初期ヘレヴェッヘ特有のはつらつとした「乗りの良さ」故に活き活きと競い合い、しかもそれらが強力な構成感のもとに一つに統合されているのです。ですから、トランペットもティンパニも、一つの大きな音楽の構成の中に溶け合っていているので、違和感がありません。


これは非常に興味深いことだと思いました。
なぜなら、ここにフリーデマン版80番の特性が象徴的に現れていると思うからです。

私なりには、まず80番の「トランペット(+ティンパニ)付きヴァージョン」というものを考える時、「トランペットが入っているから良い」、あるいは「悪い」と言う前に、これはバッハの真作ではなく、あくまでも息子の編曲版だというを念頭にしなければならない、ということです。バッハだったらもっと巧くやった、不自然なところの全くない、さらに勇壮な音楽になったことはほぼ間違いありません。

そうして、もうひとつは演奏様式です。モダン様式で華々しく演奏すると、トランペットの音量が大きいので、フリーデマン版のちょっとした齟齬も拡大され、それが古楽様式で演奏されると、それらがほとんど気にならないくらいまで縮小される、ということではないでしょうか?トランペットの音量の問題はブランデンブルク協奏曲第2番に顕著だと思います。

ですから、古楽様式であるコープマンもその辺はうまく解決していることでしょう。(私も欲しくなってきた (^_^;)


さて残りの、2.Eマウエルスベルガー盤ですが、juncoopさんや旅の者さんのおっしゃる通り、原典版のオーボエだけで充分壮麗で魅力的な音楽になっています。私は20年ほど前に友人からカセットでこの演奏をもらって非常な感銘を受け、その後CDを手に入れて愛聴しています。


そして、4.鈴木盤です。この演奏はもっと革命的な演奏です。つまり、あえて勇壮でない80番をやっているんです。この第1曲では4声部合唱の掛け合いの美しさを最大限に追求しています。「トランペットの付かない原典版なんだから、ここにトランペット付きの勇壮なイメージを求めるのがそもそもの間違い」と鈴木さんが言っているような気がします。そして第2曲からだんだん勇壮な通常のイメージになってきます。…目からウロコの解釈でした。

タイトルRe^2: 「80番問題」、私の見解…
記事No429
投稿日: 2006/09/13(Wed) 14:49
投稿者Skunjp
> リヒターの80番なんですが、最後のコラール「神わがやぐら」を他のフリーデマン版と聞き比べてみてください。
> このコラール他の演奏では4声コラールにただ楽器はナゾルだけなんですが、リヒターのコラールは、実は
> リヒター版なんです!!!


juncoopさん、こちらではお久しぶりですね。

これからもちょくちょく書いてくださるとうれしいです。

さて、「リヒター版」の80番コラールを聞いてみました。うん、いつものアレじゃない、という感じですが、これがリヒター独自の版だったとは!?

試しにヘレヴェッヘ盤を聴くと、コラールは大人しく終わっています。

リヒターの「トランペット入り」コラールは、あれが当たりまではなくてリヒターの編曲だったんですね。とするとリヒターの80番は、「フリーデマン/リヒター編曲版」というわけですね。

さて、リヒター版コラールに違和感があるかどうかということですが、少なくともフリーデマン版第1曲の勇壮な曲想とはうまくバランスが取れますね。

ヘレヴェッヘ盤だと最後が寂しいような気にもなってきます。


> そこで、JSバッハがですね、ルターの力強いコラール・カンタータにあえて、トランペットを付け加えなかったとするとですね。この例は21番とかもそうですが、バッハはヴァイマルの譜面に対して、ライプツィヒではトロンボーンを付け加えて、より素晴しい作品にしました。
>

そういえば、ミュンヒンガーの80番は確か、トロンボーン付きではなかったかしら?

タイトルRe^6: 80番のトランペットとティンパニ
記事No432
投稿日: 2006/09/15(Fri) 10:40
投稿者a pilgrim
皆様、お久しぶりです。掲示板のご盛況ぶり、私も、大変、嬉しく思います。掲示板を通しての、皆様のバッハへの思い、感動的です。今後とも、何卒、よろしく、お願いいたします。

>  他に気になるのは、ガーディナー盤でしょうか。(これも持っていません)
>  ガーディナーは、表現命、の指揮者なので、はたしてどのような選択をしているのやら。
>  まさかBWV127のように、歌わせてはいないでしょうね。

さて、性懲りなく、またガーディナーですが、BWV80第1曲目確認してみました。問題のトランペットとティンパニですが、ティンパニがないのは、明らかに確認できるのですが、なにやら金管らしき音が聞こえるのです。この盤は、昨年、新譜として出てきたときに購入し、宗教改革記念日前後に、聞いていたのですが「原典版」と思い込み、金管の音に気づきませんでした。スリーブノートを確認してみると、トランペット奏者のクレジットもあります。

最近、少しハードな状況が続いているので、昨日も眠い目をこすりながら、聞いたり、見たりしたので、この3連休で、再度、確認しましてご報告させていただきます。ヴェルナーのBWV80も聞いたのですが、明らかに金管が入る箇所が違い「フリーデマン版」とは異なることだけは、確かです。

タイトルRe^7: 80番のトランペットとティンパニ
記事No433
投稿日: 2006/09/15(Fri) 12:48
投稿者a pilgrim
自分でレスします。
>
> さて、性懲りなく、またガーディナーですが、

「性懲りもなくガーディナーに入れ込んでいる私です」という意味です。念のため。

タイトルRe^7: 80番のトランペットとティンパニ
記事No437
投稿日: 2006/09/16(Sat) 15:37
投稿者葛の葉
a pilgrimさん、お久しぶりです。

> …問題のトランペットとティンパニですが、ティンパニがないのは、明らかに確認できるのですが、なにやら金管らしき音が聞こえるのです。この盤は、昨年、新譜として出てきたときに購入し、宗教改革記念日前後に、聞いていたのですが「原典版」と思い込み、金管の音に気づきませんでした。スリーブノートを確認してみると、トランペット奏者のクレジットもあります。

さて、ガーディナーの80番冒頭合唱ですが、トランペットは使われていないと思います。
私も金管の音は聞こえますが、それは"Bass sackbut"、つまりバストロンボーンの音です。

また、トランペットの方ですが、これは同じCDの79番の冒頭合唱でオーボエIに代わって、または重ねて使われているようです。

通奏低音に金管を使う例は、古い録音でゲンネンヴァインの演奏があります。
以前に書いた記事で、私はこれを「チューバ」と思いこんで書いてしまいましたが、ガーディナーと比較してみると、同じ楽器、つまりバストロンボーンだったようです。

通奏低音は、低域の出る楽器なら特に限定されないはずで、オリジナルから離れた演奏と言うことにはならないと思います。

ところで、ガーディナーの使用している楽譜ですが、ナクソスのサイトでDVDのサンプルを見ると、コジェナが持っているのは、ごく一般的なBreitkopf & Hältelの楽譜でした。
(多くの合唱団で使われているもの)

http://www.naxos.com/catalogue/item.asp?item_code=OA0816D

これと「Kubikによる新版」との関係が良く分かりません。

タイトルRe^5: 80番のトランペットとティンパニ
記事No431
投稿日: 2006/09/14(Thu) 22:21
投稿者端川哲堂

> まあトランペットがない原典版とフリーデマン版と、両方それぞれいい演奏と悪い演奏がありますから、どちらの版でも私は好きですね。

juncoopさん、はじめまして、よろしくお願いします。



コープマンのフリーデマン版を聴きました。原典版の方もそうですが、テンポが速く、少しせかせかした感じです。

ティンパニがドンドコドンと勇壮で、これはこれでおもしろいですが、野外音楽のようにきこえます。教会音楽としてはどうかな、と思いましたが・・・。

他にはリヒター盤とリフキン盤をもっています。両方ともコープマン盤よりおちついたテンポで、このほうがしっくりときますね。
リフキンはもちろん「原典版」ですが、これがわたしにとって、いちばん好ましい演奏です。

タイトルRe^6: 80番のトランペットとティンパニ
記事No434
投稿日: 2006/09/15(Fri) 13:43
投稿者Skunjp
> さて、性懲りなく、またガーディナーですが、BWV80第1曲目確認してみました。問題の
> トランペットとティンパニですが、ティンパニがないのは、明らかに確認できるのですが、
> なにやら金管らしき音が聞こえるのです。「原典版」と思い込み、金管の音に気づきませんで
> した。スリーブノートを確認してみると、トランペット奏者のクレジットもあります。


a pilgrim さん、お久しぶりです。

ガーディナーについてのご報告ありがとうございます。

私はこの掲示板のおかげで、80番について少し詳しくなったような気がします。まあ、私の思いこみの可能性もありますが…


何がわかったかというと、古楽様式でこの曲を演奏するときの問題点といいますか…、つまり、フリーデンマン版によって一般にもたらされた「勇壮なイメージ」にどう対処するか、ということです。

モダン楽器で演奏すれば原典版であっても、「勇壮」とまではいかないまでも「壮麗」な印象を出すことができ、従来のイメージから大幅にははずれません。しかし古楽様式で「原典版」を普通に演奏すると、よっぽどリキを入れない限り「勇壮」にはならないようです。

鈴木盤はこれを逆手にとって、「すっきりと清らかな原典版のイメージ」という問題提起をしています。ただし問題は、原典版の本来の姿に立ち返ったこのような演奏は、ややもすれば物足りなく受け取られてしまうということです。

そこで、「物足りなくならない方法」として一般的に考えられることは、何らかの形でフリーデマン版を生かすことでしょう。ヘレヴェッヘ盤はフリーデマン版によりながら、すっきりとしかも壮麗なイメージを出すことに成功しています。これは「バロックトランペットの勝利」と言い替えることもできます。

そして、ガーディナーもティンパニこそ入れないものの、トランペットを隠し味として使っているとのご報告。このことは、古楽様式による「勇壮なイメージ」をどう解決するかということのガーディナーなりの結論のような気がします。

私は原典版による古楽様式の演奏を他に知りませんので、いろいろ聴いてみたい気がします。特にコープマンは気になります。

端川さんから、「ティンパニがドンドコドンと勇壮で、これはこれでおもしろいですが、野外音楽のようにきこえます。教会音楽としてはどうかな、と思いましたが・・・。」というご指摘をいただき、手に入れるのはちょっと恐いのですが…

でも私なりに、たとえば第四巻の世俗カンタータを聴いて感じたことは、コープマンのカンタータ演奏は「バロックオペラ」を目指しているのではないだろうか、ということです。198番などは従来の辛気くさいイメージから解放された、本当に生き生きとした素晴らしい人間のドラマになっているうな気がします。

誤解のないように申し添えますと、198番が辛気くさいと言っているのではありません。これを真面目に受難曲のようなアプローチで演奏すると、私には若干の違和感が残るということなのです。なお198番は世俗カンタータですが、内容としては教会カンタータの範疇に入ると思います。

タイトルちょっとだけ整理
記事No435
投稿日: 2006/09/16(Sat) 01:27
投稿者旅の者
> 「性懲りもなくガーディナーに入れ込んでいる私です」という意味です。念のため。

 おひさしぶりです。
 a pilgrimさんと同じく、性懲りもなくガーディナーに入れ込んでるわたし、旅の者です。(笑)

 またまた貴重な情報をいただき、ほんとうにありがとうございます。
 そうですか。やっぱり何か、やってましたか。
 何かくわしいことがわかりましたら、またぜひ教えてください。
 お話を聴いて、一応わたしも、このCDは購入することにしました。

> コープマンのフリーデマン版を聴きました。原典版の方もそうですが、テンポが速く、少しせかせかした感じです。

 端川さんのご報告によると、演奏に関しては、
(Skunjpさんがおっしゃるように)
「少し恐い」気もしますが、
 やはり、わたしは、フリーデマンの「ラテン語カンタータ」が、いったいどんな感じなのか、たいへん興味があります。
 それで、これについても、ついに購入することにしました。
(30aも聴きたいですし)

 みなさんから、リアルタイムで、信頼のおける情報がいただけるので、ほんとうにありがたいです。

 *   *   *

 それにしても、旧全集ではなんでまた、このフリーデマンの流用部分(第1、5曲のみ)を「逆流用」して、BWV80にはめこんでしまったのでしょう。
 そのせいで、まったくちぐはぐなBWV80が、正規のものとしてまかりとおっていたわけです。

 その結果、実にさまざまな演奏が存在することになり、
 リヒターなどは、そのちぐはぐさを改善しようとして、コラールに楽器を加え、結果的に、「フリーデマン+リヒター版」などというややこしいことになってしまいました。
(それがまた、おもしろいと言えばおもしろいのですが)

 もともとBWV80のトランペット版などというものは存在せず、
(BWV80全曲のフリーデマン編曲版すら存在しないのです)
 そもそも、現在一般的に聴かれている、バッハ自身の手による「原典版」と同じ次元で比較すること自体がおかしいわけです。

 初めてBWV80を聴こうとする方が、万が一、このツリーを見たりしたら、余計な混乱をしてしまったかもしれませんね。
 わたしが、空想のあまり、トランペット版にこだわりすぎたせいです。ごめんなさい。

タイトルRe: ちょっとだけ整理
記事No439
投稿日: 2006/09/16(Sat) 17:52
投稿者Skunjp
>  もともとBWV80のトランペット版などというものは存在せず、
> (BWV80全曲のフリーデマン編曲版すら存在しないのです)

そうなんですか。

フリーデマンが手を加えてティンパニとトランペットを付け加えた版というのはないんですか?

では一般的に演奏されているあのバージョンとは。

タイトルRe^2: ちょっとだけ整理
記事No441
投稿日: 2006/09/16(Sat) 19:47
投稿者旅の者
> >  もともとBWV80のトランペット版などというものは存在せず、
> > (BWV80全曲のフリーデマン編曲版すら存在しないのです)
>
> そうなんですか。
>
> フリーデマンが手を加えてティンパニとトランペットを付け加えた版というのはないんですか?
>
> では一般的に演奏されているあのバージョンとは。

 ごめんなさい。また言葉が足りなかったようです。

 くわしくはわからないのですが、
 フリーデマンは、BWV80から、第1曲と第5曲だけを取り出して、編曲+歌詞変更をおこなって、まったく別のカンタータとして演奏したようなのです。

 旧全集では、どういう経緯からかは知りませんが、なぜかその音楽を逆流用し、BWV80にはめこんでしまったのです。
 つまり、旧全集のBWV80は、BWV80「全曲」をフリーデマンが編曲したものではないのです。

 ですから、旧全集のBWV80は、もともとおかしなバランスのものなので、指揮者は、さまざまな試行錯誤をくりかえしたのではないでしょうか。
(リヒター他)

 今度のコープマンの最終巻には、その旧全集の妙なBWV80ではなく、フリーデマンの手によるカンタータが、歌詞もふくめてそのままの形で収録されています。

 後の研究者の手でごちゃまぜにされた旧BWV80でなく、そのカンタータこそが、真の意味での親子共作であり、 
 だからこそ、このツリーのそもそもの始めの投稿で、飛び入り者さんがおっしゃっているように、
 「コープマンさん、ありがとう!」なわけですね。

タイトルRe^3: ちょっとだけ整理
記事No442
投稿日: 2006/09/16(Sat) 20:45
投稿者Skunjp
>  フリーデマンは、BWV80から、第1曲と第5曲だけを取り出して、編曲+歌詞変更をおこなって、まったく別のカンタータとして演奏したようなのです。
>  旧全集では、どういう経緯からかは知りませんが、なぜかその音楽を逆流用し、BWV80にはめこんでしまったのです。


なるほど!

これで霧が晴れたような気がしました。

お父さんの傑作に勝手にトランペットをくっつけて、何と不埒な息子と思っていましたが…

結局、旧バッハ全集を編纂した音楽学者が犯人(?)だったんですね。

フリーデマン冤罪という言葉が頭に浮かびますが、でも確かフリーデマンはお父さんの作を自分の作と偽って発表していたとか…

いずれにしても、このような経緯はきちんとブックレットに記載してほしいです。

旅の者さん、これは本当に有益な情報でした。

タイトルRe^6: 80番のトランペットとティンパニ
記事No440
投稿日: 2006/09/16(Sat) 19:21
投稿者端川哲堂

>
> ティンパニがドンドコドンと勇壮で、これはこれでおもしろいですが、野外音楽のようにきこえます。教会音楽としてはどうかな、と思いましたが・・・。
>

と、書いたのですが、あとで気になって調べて見ますと、バッハの教会カンタータでティンパニが出てくる曲は、ざっと見ただけで30数曲あるのですね。別格のクリスマス・オラトリオは数に入れずに、です。

こういうことを考えず、つい思い込みで書いてしまいました。

好きで比較的よく聴いているBWV59にも冒頭合唱でも使われていますのに、頭に残っていなくて、実にいい加減な聴き方をしているものだ、と反省しています。