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カンタータ第70番
《目を覚まして祈れ!祈りて目を覚ましおれ!》

バッハの教会カンタータ(58) BWV70

カンタータ第70番《目を覚まして祈れ!祈りて目を覚ましおれ!》
Wachet! betet! betet! wachet!
1723,11/21 三位一体節後第26日曜日

バッハのライプツィヒ時代、教会暦の1年目をしめくくる作品です。バッハはここにワイマール時代の旧作を利用しました。(BWV 70a 目を覚まして祈れ!祈りて目を覚ましおれ! Wachet! betet! betet! wachet! 1716,12/ 6 待降節第2日曜日 歌詞のみ現存) 詳細は分かりませんが、旧作の各曲が同じ歌詞のままで新作の1,3,5,8,10,11曲として使われているようです。(音楽がどこまで共通であったかは分かりません。)

BWV 70 BWV 70a
1 Coro Wachet! betet! betet! wachet! 1 Coro Wachet! betet! betet! wachet!
2 Recitativo Erschrecket, ihr verstockten Sünder  
3 Aria Wann kommt der Tag, an dem wir ziehen 2 Aria Wenn kömmt der Tag, an dem wir ziehen
4 Recitativo Auch bei den himmlischen Verlangen  
5 Aria Laß der Spötter Zungen schmähen 3 Aria Laß der Spötter Zungen schmähen
6 Recitativo Jedoch! bei dem unartigen Geschlechte  
7 Choral Freu dich sehr, o meine Seele  
Pars 2  
8 Aria hebt euer haupt empor 4 Aria Hebt euer Haupt empor
9 Recitativo Ach, soll nicht dieser große Tag  
10 Aria Seligster Erquikkungstag 5 Aria Seligster Erquickungstag
11 Choral Nicht nach Welt, nach Himmel nicht 6 Choral Nicht nach Welt, nach Himmel nicht

この日の聖句マタイ25:31-46はキリストの再臨に関連した個所で、。『わたしの兄弟であるこの最も小さい者の一人にしたのは、わたしにしてくれたことなのである。』という言葉は、あるいは耳にされたことがあるかも知れません。 最後の裁きと至福の世界への憧れを描いたカンタータで、内容的にはこの1週間前に演奏された90番と似ています。 なお日本語対訳が「だも」さんのサイトにありますので、歌詞の内容はそちらをごらん下さい。

第1曲の合唱曲は「終わりの日」に備えて、目覚めよ!祈れ!というものですが、音楽は90番の冒頭アリアと違って、むしろ喜ばしく楽しげに響きます。 これは原曲が待降節のためのものであることから来ているのでしょうか。 冒頭からトランペットに「ファンファーレのテーマ」が現れます。(カンタータ119番の記事***を参照) このテーマは全く同じ形で14回繰り返され、うち12回はトランペット、1回はオーボエ、1回はトランペットとオーボエ同時に奏されます。(さらにあと2回、ほんの少し変形して出てくる。) トランペットが「裁きの日」を表すのは通例のことですが、ここではむしろキリストの出現を祝賀するように聞こえるのです。

ともかくバッハの合唱曲の中でも特に歌う楽しさに満ちあふれたもので、中間部から回帰する際に通奏低音があっけらかんとオクターブを駆け下りるところなど、バッハのユーモアを感じさせるほどです。

▼このカンタータはレシタティーヴォが時にアリア以上に雄弁で、曲のテーマに即していると言えます。第2曲レシタティーヴォ(B)は第1曲そのままの楽器構成で、裁きの日の情景を描き出します。冒頭の16分音符はベートーヴェンの「運命」」を思わせ、"Freude"のメリスマは第9も及ばないなあ、などと要らぬことを考えたりします。 8小節の半ばまでは裁きの日の恐ろしさが描かれますが、そこから曲調が変わり「選ばれた神の子」への慰めが語られます。当然のこと、"wenn alles fällt und bricht, / Vor sein erhohtes Angesicht"(その高く掲げられた顔の前に、すべてが倒れ砕ける時)という歌詞に対応して、再び「運命の動機」が現れますが、最後に残るトランペットはむしろ希望につながるものを感じさせます。

第3曲アリア(A)は、慰めに満ちたチェロのオブリガートがとりわけ印象に残ります。譜面の上では3/4拍子ですが、実質的には9/8拍子のジーグとして聞くこともできます。"fliehen"(逃れる)と"Feuer"(火)がやはりそれらしいメリスマで歌われます。
短いレシタティーヴォ(T)に続く第5曲アリア(S)は、ヴァイオリンとヴィオラの執拗なユニゾンが特徴的です。やはり、「キリストの言葉は固く存在し続ける("bestehen")」の部分は長い音符で歌われます。 次のレシタティーヴォ(T)では「天のエデン」が語られ、シンプルで確信に満ちたコラール「大いに喜べ、わが魂よ」で第1部が閉じられます。

▼第2部に入って第8曲のアリア(T)はこのカンタータの中で最ものびやかで明るいものです。もはや不安の影は去り、天国に導かれた幸福だけがあるようです。

ところがそれに続く第9曲レシタティーヴォ(B)はまさに嵐の音楽。吹きすさぶ嵐の中で魂は千々に乱れますが、やがて一筋の希望の光を見出し、救い主の手に導かれて安心を得るまで、その息詰まるような展開です。 もちろん、このような嵐の描写はバロック音楽では珍しいものではありませんが(ヴィヴァルディの「夏」のように)、バッハはここにトランペットによるコラールを結びつけています。(3行目の「ラッパの響き」という歌詞に応じてトランペットが鳴り始める。実に分かりやすい。) これは、「怒りの日」"Dies Irae"に由来するコラール「まさにその時いたれり」"Es ist gewißlich an der Zeit"ですが、むしろ嵐の中を貫く一筋の光明のように聞こえます。魂が希望を見出すと共に、弦は慰めを表す音型を奏するようになり、それが確信に変わると、再び"Freude"が力強いメリスマで歌われます。嵐が去り、慰めが訪れます。

さてこれを受ける、第10曲のアリア(B)はアダージョ─プレスト─アダージョの構成で、アリオーソ風のアダージョはまさに至福の世界を歌うものです。第9曲の嵐が去った後にふさわしいものです。 ところが、プレストでは再び嵐の描写が現れます。もう嵐は過ぎ去ったのじゃないのかという気もしますが、旧作の増補版という都合もあり、聞く方にすれば大サービスと言うところですね。 もちろん、最後は「静寂」「喜びと豊かさ」の世界に導いてもらえるのですから、文句を言う筋合いはありません。冗談はさておき、とりわけ力強く感動的なアリアです。

▼ここまで来た締めくくりとしての11曲目コラールは、ヴァイオリン(1,2)とヴィオラがそれぞれ別の声部を作り、7声部のコラールとなっています。トランペットとオーボエはコラールの旋律をなぞります。高く天に昇っていくような、憧れに満ちたヴァイオリンが印象的です。

バッハの全力投球。多彩な持ち味が現れたカンタータでした。


▼録音はかなり多い方です。最後の二つは合唱曲、コラールのみです。いろいろ感じるところがあるのですが、その詳細は後日に。 全体として感動・共感できたのはヴェルナーとリリング(特に合唱曲やコラール)。嵐の描写に関してはアルノンクールと鈴木が特に優れていたようです。

Conductor Year Label Choir and Orchstra Soprano Alto Tenor Bass
Prohaska 1957 VANGUARD Choir and Orchstra of the Vienna State Opera Anny Felbermeyer Erika Wien Hugo Meyer Welfing Norman Foster
Werner 1970 ERATO Heinrich Schütz-chor Heilbronn, Instrumental-ensenmble Heilbronn Hedy Graf Barbara Scherler Kurt Huber Jakob Stämpfli
Harnoncourt 1977 TELDEC Tölzer Knabanechor, Concentus musicus Wien Wilelm Wiedel Paul Eswood Kurt Equilz Ruud van der Meer
Richter 1978 ARCHIV Münchener Bach-chor, Münchener Bach-orchester Edith Mathis Trudeliese Schmidt Peter Schreier Dietrich Fischer-Dieskau
Rilling 1982 Hänssler Gähinger Kantorei Stuttgart, Bach-Collegium Stuttgart Arleen Augér Verena Gohl Lutz-Michael Harder Siegmund Nimsgern
Koopman 1998 ERATO The Amsterdam Baroque Orchestra & Choir Sibylla Rubens Bernhard Landauer Christoph Prégardien Klaus Mertens
Leusink 2000 Brilliant Holland Boys Choir, Netherland Bach Collegium Ruth Holton Sytse Buwalda Nico van der Meel Bas Ramselaar
Suzuki 2000 BIS Bach Collegium Japan Yukari Nonoshita Robin Blaze Gerd Türk Peter Kooij
Schweizer, Rolf (1,11) 1999 AMATI Motettenchor Pforzheim, Barockorchester "L 'arpa festante", München  
Matt (7) 1999 Brilliant Nordic Chamber Choir, Soloist of the Freiburger Barockorchester   

(2004年4月25日)

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2003-04-25更新
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